マーケティングリサーチの研修はどうあるべきかCOLUMN

2016.05.19
マクロミル総合研究所
所長 萩原雅之

業界経験が長いと、若い人や未経験者向けの研修やセミナーで教える機会も多い。ここ数年、私は日本マーケティングリサーチ協会(JMRA)が主催する「新人リサーチャー合宿セミナー」の運営に携わってきた。JMRAが発足してから40年近く、毎年続いている名物企画だ。マーケティングリサーチ会社の新入社員や、他業界からの転職で経験の浅い中途採用者が中心だが、最近はクライアント側にあたる一般企業のリサーチ部門からの参加も増えている。

2泊3日の前半は業界のベテラン講師によるレクチャー、後半はグループに分かれて調査の企画・立案のワークショップを行なう。マーケティング戦略におけるリサーチの位置づけに始まり、企画、設計、実査、集計、分析、報告というリサーチの実務プロセスに沿って調査の哲学や統計の基本を学ぶが、私の世代が受けた研修とそれほど変化していない。少なくとも伝統的なマーケティングリサーチの手法に関しては定石があり、初心者はそこから学ぶのは当然とされている。

教科書の知識と現実の業務のはざまで

だが、プログラムを企画する側には悩みもある。かつてはどの調査会社でも訪問面接や電話、郵送などは実務で行なっていたし、住民基本台帳からの無作為抽出が必要な案件も多かった。現在はそういう案件を業務で経験できる調査会社は一部に限られる。手続きとして厳格な無作為抽出が行なわれる調査は世論調査や社会調査くらいだ。使われる調査手法はこの30年で劇的に変わったのだから、教えることも変化して当然だ。

登録済みのアクセスパネルを利用するネットリサーチが増え、統計学的な母集団推計を当てはめることはできなくなった。たとえ国勢調査の年齢比にあわせてサンプルを確保しても同じだ。かつてのようにネットリサーチの代表性は問われなくなったが、実際に代表性が担保されるようになったわけではない。統計学を学んだことで、どんな調査でも誤差を気にするといったとんちんかんなことも起こる。

今年のJMRA研修でも、ネットリサーチについては、通常の講義とは別に夕食時間を利用して任意参加のレクチャーを用意することになった。受講者が会社に戻れば、すぐにネットリサーチを使う機会が出てくるからだ。基本や理想を知ることはもちろん大切だが、実務で当たり前に行なわれていることのリスクや注意点を知っておくことはもっと重要だ。

[図] JMRA会員社の調査手法別売上比率の推移(1990年~2014年)

JMRA会員社の調査手法別売上比率の推移(1990年~2014年)

伝統を尊重しつつアップデートを続ける

マーケティングリサーチに限らず、かつての研修はベテランに学ぶのは当然だったが、最近は様子が変わってきた。特にデジタルやネットビジネス分野では20代の実務家が、業界経験20年の中年社員を対象に講師を勤めることは珍しくない。技術や必要な知識の変化が激しいので、10年前のやり方や成功体験ですらリスクや足かせとなる。

現代のマーケティングリサーチャーは、質問紙調査とグループインタビューの知識のみでは不十分で、データベースや、行動科学や、オンラインコミュニティへの知見も必要だ。なぜならこれらからも消費者インサイトは得られるし、クライアントがそれを求めるからだ。広告営業もマス広告の枠を売ることだけではなく、LINEを使ったプロモーションやSNSの使い方を知らなければクライアントのニーズに応えることはできないのと同じだ。

このような時代の研修では、まず大きなビジネスの全体像(ランドスケープ)を示したうえで、伝統的な手法は実務に照らした批評的な視点も加え、最新技法はまだ評価が固まっていなくても可能性を伝えることに価値がある。

教える側も学ぶ側も、コアになる部分は守りながらも、時代に合わなくなった知識をアップデートしていくことが必要だろう。

執筆者プロフィール

マクロミル総合研究所 所長
萩原 雅之(はぎはら・まさし)
トランスコスモス・アナリティクス株式会社 取締役副社長
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